概要

反間計とは、敵の間者(スパイ)を発見した際に直ちに処刑せず、逆にそれを利用して偽情報を流し、敵を混乱・錯乱に陥れる諜報戦術です。単なる防諜を超えて、敵の諜報網を逆手に取る積極的な情報戦として古来より重用されてきました。

起源:兵法三十六計(離間計の応用、南北朝時代成立)

「疑中之疑,比而圖之」- 疑いの中に疑いを作り、比較して図る。敵の目と耳を自分の武器に変える、諜報戦の究極形態として孫子の兵法でも重視されています。

歴史上の実例

1. 曹操 vs 袁紹

状況:建安5年(200年)官渡の戦い、袁紹の大軍に包囲された劣勢下

展開:第一計:袁紹の間者を発見するも処刑せず、偽の軍情報を与える。第二計:曹操軍の兵糧不足の偽情報を流し、袁紹に持久戦を選択させる。第三計:烏巣の兵糧庫が手薄という偽情報で袁紹の注意を逸らす。

結果:袁紹は偽情報に基づき戦略を誤り、曹操の烏巣奇襲を許してしまう。結果的に袁紹軍は大敗し、曹操が華北の覇権を確立。

演義

操得韓猛書,大喜曰:『袁本初真大將也!』遂不殺猛,反以厚禮待之

(曹操は韓猛の書を得て大いに喜び言った:『袁本初は真の大将である!』遂に韓猛を殺さず、かえって厚い礼で待遇した)

― 羅貫中『三国志演義』第三十回

2. 諸葛亮 vs 魏軍将軍たち

状況:建興6年(228年)第一次北伐で魏軍の結束を乱すため

展開:第一計:魏の間者を捕らえ、魏軍内部の不和の偽情報を提供。第二計:張郃、夏侯楙、曹真の間で相互不信を煽る偽書を作成。第三計:間者を通じて各将軍が互いを疑うよう仕向ける。

結果:魏軍の指揮系統に混乱が生じ、連携が取れなくなる。街亭での馬謖の失策はあったものの、魏軍の士気と結束に深刻な打撃を与える。

史実

亮使反間,令魏諸將自相疑貳,不能相救

(諸葛亮は反間を用い、魏の諸将をして自ら相疑わしめ、相救うことができなくした)

― 陳寿『三国志』諸葛亮伝

3. 司馬懿 vs 蜀の孟達

状況:建興5年(227年)、蜀に寝返ろうとする孟達への対処

展開:第一計:諸葛亮から孟達への密書を入手し、内容を改竄。第二計:孟達に司馬懿自身への不信を抱かせる偽情報を流す。第三計:孟達の動向を監視しながら、適切なタイミングで急襲を準備。

結果:孟達は司馬懿の真意を読み違え、謀反の準備が整わないうちに攻撃を受ける。わずか16日で新城は陥落し、孟達は戦死。

史実

宣王潛軍到城下,八日而城拔,斬達傳首

(司馬懿は密かに軍を率いて城下に到り、八日で城を抜き、孟達を斬ってその首を送った)

― 陳寿『三国志』司馬懿伝

三国時代の諜報戦

三国それぞれの諜報システム

国家諜報組織特徴主要実績
校事(秘密警察)体系的な情報収集網蜀・呉の内情把握、反乱予防
軍師府情報部諸葛亮の個人的ネットワーク魏軍内部工作、離間計の実行
水軍諜報網商人・漁民を利用した沿岸情報長江流域の軍事情報収集

知己知彼,百戰不殆

(己を知り彼を知れば、百戦して殆うからず)

― 孫子『兵法』謀攻篇

三国時代は「知彼」の重要性が極限まで高まった時代。反間計は「知彼」を「乱彼」に転換する高等戦術でした。

反間計の技術的手法

反間計実行の段階的プロセス

段階目的手法
第一段階:発見・確保敵間者の身元を特定行動監視、通信傍受、内通者の利用
第二段階:分析・判断間者の価値と利用方法を決定背景調査、所属組織の特定、重要度評価
第三段階:偽情報作成信憑性の高い偽情報を準備真実との混合、段階的な情報提供
第四段階:情報提供自然な形で偽情報を取得させる偶然を装った情報露出、会話の盗聴
第五段階:効果確認敵の反応を監視・評価後続情報の収集、戦術の修正

偽情報の種類と効果

情報種類目的三国志での例
軍事機密の偽造敵の戦術判断を誤らせる曹操の兵糧状況偽装
人事情報の操作敵内部の人間関係を破綻魏将軍間の不和演出
政治動向の歪曲敵の政策決定を混乱君主の意向偽装

反間計の歴史的発展

古代中国の諜報戦史

時代代表例手法の発展
春秋戦国孫武の「用間篇」諜報戦の理論化
秦漢陳平の反間計政治的分裂工作
三国時代諸葛亮・司馬懿の攻防組織的諜報戦の確立

兵者,國之大事,死生之地,存亡之道,不可不察也

(兵とは国の大事、死生の地、存亡の道なり、察せざるべからず)

― 孫子『兵法』始計篇

国家存亡がかかる戦争において、情報戦は生死を分ける重要性を持ちます。反間計は、その情報戦を主導権握る究極の手段なのです。

現代への応用と警戒

現代の反間計:サイバー時代の情報戦

分野現代的手法対策
国際政治偽情報キャンペーン、フェイクニュース情報源の多角的検証
企業競争産業スパイへの偽情報提供情報セキュリティの徹底
サイバー空間ハニーポット、偽サイトデジタルリテラシーの向上

反間計を見破る現代的手法

現代では情報の真偽を見極める技術が発達していますが、人間の心理的弱点は古代と変わりません。①複数ソースでの情報確認、②感情的判断の回避、③組織的なチェック体制、④定期的な情報監査が重要です。三国志の教訓は、デジタル時代の今も十分に有効なのです。

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