概要
駆虎呑狼の計とは、二頭の虎のような強敵同士を戦わせ、両者が疲弊・消耗したところで第三者が利益を得る戦術です。直接対決を避けて敵同士を衝突させ、最小のコストで最大の効果を得る計略として知られています。
起源:兵法三十六計 第十四計(南北朝時代成立)
「待天時,不如使天時。攻其無備,出其不意」- 時を待つより時を作る。備えなきを攻め、意図せぬところに出る。敵の力を逆用して勝利を得る、智謀の極致です。
歴史上の実例
1. 董卓 vs 袁紹・公孫瓚
状況:初平2年(191年)、関東諸侯の連合軍に対抗するため
展開:第一計:公孫瓚に袁紹の野心を警告する密書を送る。第二計:袁紹には公孫瓚が幽州で独立を企んでいると告発。第三計:両者の領土境界で小競り合いを誘発。
結果:袁紹と公孫瓚が幽州・冀州で激しく争い、関東連合軍の結束が乱れる。董卓は洛陽から長安へ遷都する時間を稼ぐ。
史実卓乃使人於紹、瓚間構怨,令相攻擊
(董卓は袁紹と公孫瓚の間に人を送り怨みを構築し、相攻撃させた)
― 陳寿『三国志』董卓伝
2. 劉表 vs 曹操・袁術
状況:建安2年(197年)、荊州の独立を保つため南北の強敵を牽制
展開:第一計:袁術に曹操の南下計画の情報を流す。第二計:曹操に袁術の称帝の野心を警告。第三計:両者の境界地帯で局地戦を煽る。
結果:曹操は袁術討伐に集中し、荊州への侵攻を延期。袁術は曹操への対抗で消耗し、後に滅亡の一因となる。
史実表使人勸術稱帝,術從之。操得以討術為名
(劉表は人を遣わして袁術に称帝を勧めさせ、袁術はこれに従った。曹操は袁術討伐を名目とできた)
― 『後漢書』劉表伝
3. 諸葛亮 vs 曹叡・孫権
状況:建興7年(229年)、蜀漢の生存空間を確保するため
展開:第一計:呉に魏の江南侵攻計画の偽情報を流す。第二計:魏に呉の北上準備の情報を伝える。第三計:石亭の戦いで呉軍の勝利を予期し、魏の注意を東に向けさせる。
結果:魏呉が石亭で激突し、陸遜が曹休を大破。魏は東線に兵力を集中し、蜀の北伐準備時間を稼ぐ。
史実權遣陸遜、朱然等屯江上,曹休出洞口,遜迎擊大破之
(孫権は陸遜・朱然らを江上に駐屯させ、曹休が洞口に出ると、陸遜が迎撃してこれを大破した)
― 陳寿『三国志』陸遜伝
駆虎呑狼の計の戦略原理
三段階の実行プロセス
段階 | 目的 | 手法 |
---|---|---|
第一段階:対立の誘発 | 潜在的な利害対立を顕在化 | 情報操作、境界線の曖昧化、資源争奪の煽り |
第二段階:衝突の拡大 | 小競り合いを全面対決に発展 | 挑発的行為の演出、仲裁役の拒否、火に油を注ぐ |
第三段階:疲弊の利用 | 両者の消耗を最大限活用 | 適切なタイミングでの介入、勝者への奇襲 |
鷸蚌相爭,漁翁得利
(鷸と蚌が争い、漁夫が利を得る)
― 『戦国策』燕策
この故事成語が駆虎呑狼の計の本質を表しています。争う両者がいる時、第三者にとっては絶好の機会となるのです。
駆虎呑狼の計のリスクと対策
計略の潜在的危険性
リスク | 発生原因 | 対策 |
---|---|---|
両虎の和解 | 共通の敵として認識される | 対立の根深さを確認、不可逆的な衝突を演出 |
一方の圧勝 | 戦力差の誤算 | 事前の綿密な情報収集、バランス調整 |
計略の露見 | 情報操作の痕跡が発見 | 複数のルートでの情報提供、自然な対立を装う |
巻き込まれ | 中立を保てず戦争に参加 | 明確な不介入方針、逃げ道の確保 |
成功の鍵となる要素
駆虎呑狼の計が成功するには、以下の条件が必要です:①両者の実力が拮抗していること、②対立の種が既に存在すること、③実行者が安全な位置にいること、④適切なタイミングでの介入能力があること。
三国志以外の駆虎呑狼の計
春秋戦国時代の事例
時代 | 実行者 | 対象 | 結果 |
---|---|---|---|
春秋時代 | 斉の桓公 | 楚と越 | 楚越戦争で両国疲弊、斉が覇権確立 |
戦国時代 | 秦の范雎 | 趙と燕 | 趙燕の長期戦で秦が東進の時間稼ぎ |
戦国末期 | 秦始皇帝 | 燕と趙 | 荊軻の刺客事件で燕趙同盟破綻 |
兵不厭詐
(兵は詐を厭わず)
― 孫子『兵法』
戦争において騙し討ちは常套手段。駆虎呑狼の計は、直接の詐術ではなく、敵の本性を利用した間接的な戦術なのです。
現代への応用と教訓
現代の国際政治でも見られる駆虎呑狼的な戦略。しかし古代と異なり、グローバル化した世界では一地域の紛争が全世界に影響を与えるため、この戦術の使用はより慎重でなければなりません。三国志の教訓は、短期的な利益追求が長期的な安定を損なう危険性を教えてくれます。