概要
赤兎馬(せきとば)は、中国後漢末期から三国時代にかけて実在したとされる名馬。赤毛で兎のように俊敏であることからこの名がついた。一日に千里(約400km)を走ることができたという伝説を持つ。
起源:涼州(現在の甘粛省)産の西域種の馬とされ、董卓が都に連れてきたのが始まり
赤兎馬は単なる名馬を超えて、三国志における『最高の馬』の象徴となりました。『人中の呂布、馬中の赤兎』という言葉は、それぞれの分野における最高峰を表す慣用句として定着しています。
歴史上の実例
1. 董卓 vs 呂布
状況:189年頃、董卓が呂布を配下に引き入れる際
展開:赤兎馬と金銀財宝を与えて呂布を懐柔。呂布は養父の丁原を殺して董卓に仕える。
結果:呂布は董卓の養子となり最強の護衛となるが、後に董卓を殺害。
史実布便弓馬,膂力過人,號為飛將
(布は弓馬に便じ、膂力人に過ぎ、号して飛将と為す)
― 『三国志』呂布伝
2. 呂布 vs 曹操軍
状況:194年、濮陽の戦いで曹操と対峙
展開:赤兎馬に乗った呂布が単騎で曹操軍に突撃。
結果:『人中の呂布、馬中の赤兎』の名声を確立。曹操軍を恐怖させる。
演義人中有呂布,馬中有赤兎
(人中に呂布あり、馬中に赤兎あり)
― 民間伝承
3. 曹操 vs 関羽
状況:200年、関羽が曹操に降った際
展開:曹操は関羽を懐柔するため、呂布の死後に入手した赤兎馬を与える。
結果:関羽は感謝するも、結局劉備の元へ去る。赤兎馬は関羽の愛馬となる。
演義吾知此馬日行千里,今幸得之,他日若知兄長下落,可一日而得見矣
(私はこの馬が日に千里を行くことを知る。今幸いにこれを得て、他日もし兄長の下落を知れば、一日にして見えることを得べし)
― 『三国志演義』
赤兎馬の特徴と能力
外見的特徴
特徴 | 詳細 | 意味 |
---|---|---|
毛色 | 全身が赤褐色 | 『赤』の名の由来 |
体格 | 八尺(約184cm)以上 | 当時の馬としては大型 |
脚力 | 兎のような俊敏さ | 『兎』の名の由来 |
眼光 | 炯炯として光る | 気性の激しさを表す |
筋肉 | 隆々とした四肢 | 並外れた持久力の源 |
伝説的な能力
赤兎馬の最も有名な能力は『一日千里』を走ることです。これは約400kmに相当し、現実的には不可能な数字ですが、その驚異的な速さと持久力を象徴的に表現したものと考えられています。
能力 | 描写 | 実際の解釈 |
---|---|---|
速度 | 一日千里 | 極めて高速での長距離移動が可能 |
持久力 | 連日の強行軍にも耐える | 優れた体力と回復力 |
跳躍力 | 城壁を飛び越える | 障害物を軽々と越える身体能力 |
知能 | 主人の危機を察知 | 高い訓練度と従順さ |
三人の主人たち
董卓時代(〜192年)
董卓は西涼から都へ赤兎馬を連れてきました。しかし、董卓自身が赤兎馬に乗ることは少なく、主に呂布を味方につけるための贈り物として使用しました。
呂布時代(192-198年)
呂布と赤兎馬の組み合わせは『最強』の代名詞となりました。方天画戟を振るい、赤兎馬に跨る呂布の姿は、敵軍を恐怖に陥れました。
史実轅門射戟
(轅門に戟を射る - 呂布が赤兎馬上から見事な弓術を披露した故事)
― 故事成語
関羽時代(200-219年)
関羽は赤兎馬を得て『これで劉備の元へ早く帰れる』と喜びました。青龍偃月刀と赤兎馬を駆る関羽は、まさに無敵の武将でした。
主人 | 期間 | 主な戦績 | 最期 |
---|---|---|---|
董卓 | 短期間 | 特になし | 呂布に譲渡 |
呂布 | 約6年 | 各地で無双の活躍 | 白門楼で処刑 |
関羽 | 約19年 | 五関突破、赤壁等 | 麦城で敗死 |
史実と伝説の間で
正史での記述
正史『三国志』では、赤兎馬の記述は呂布伝の注釈に簡潔に記されるのみ。董卓が呂布に与えたことと、その名前の由来が記されています。
演義での発展
『三国志演義』では赤兎馬の物語が大幅に膨らみ、関羽との絆、主人の死を悲しんで餓死するエピソードなどが追加されました。
要素 | 正史 | 演義 |
---|---|---|
登場場面 | 簡潔な記述 | 詳細な描写 |
能力 | 名馬として言及 | 一日千里など具体的 |
関羽との関係 | 記載なし | 深い絆を描写 |
最期 | 不明 | 関羽の死後餓死 |
象徴性 | 名馬の一頭 | 忠義の象徴 |
文化的影響と現代での位置づけ
慣用句としての定着
『人中の呂布、馬中の赤兎』は、各分野での最高峰を表す慣用句として、中国語圏で広く使用されています。日本でも三国志ファンの間では有名な言葉です。
創作物での扱い
媒体 | 描写の特徴 |
---|---|
ゲーム | 最高級の馬として登場、能力値が最高クラス |
漫画・アニメ | 炎を纏う、翼が生えるなど超常的な演出 |
小説 | 知性を持つ、人語を解するなどの擬人化 |
映画 | CGで表現される神馬として描写 |
現代における象徴性
赤兎馬は現代において、『最高級品』『高性能』『忠誠心』などを象徴する存在となっています。特に中国では、高級車やスポーツカーの愛称として『赤兎』の名が使われることもあります。
千里馬常有,而伯楽不常有
(千里馬は常にあれど、伯楽は常にはあらず - 才能を見出す人の重要性)
― 韓愈『馬説』
赤兎馬の伝説は、単なる名馬の物語を超えて、才能の発見と活用、主従の絆、そして時代を超えた価値の象徴として、今も人々の心に生き続けています。